ストーム久保のブログ

語彙力は乏しいけどゲームについて書く

フリーダム横浜と久保

どうも、ストーム久保です。

 

アメリカ・アトランタの大会を終えた翌日、知人から連絡がありチーム所属&誕生日祝いでご飯をご馳走になりました。

 

久しぶりの日本のご飯を堪能。

上機嫌で軽くなった足でアルバイト先のゲームセンター「フリーダム横浜」に入荷・稼働されたばかりの「ストリートファイターⅤ タイプアーケード(以下 スト5)」を触りに行った時の話だ。

 

3時間ほど遊んで満足したので帰ろうとしたら社員、店長から呼び出しがかかる。

次のシフトの話かな?スト5のイベントの話かな?何だろうか。

 

スタッフルームに上がると何だか重たい雰囲気を感じる

 

何かを察する

 

何となくだけど、これから店長がする話はおそらく俺がアルバイトをクビになるか...閉店するか...二択な気がする。告げられたのは後者の閉店。敏感だった。

 

 

 

あっけにとられる。いつかは閉店するとは思っていたけれど、28日に閉店か~

28日ってあれですよ?告げられたのが20日なので、8日後!

急すぎて言葉も出ませんでした。唯一捻り出た言葉は意味なんてない「まじっすかー」だけ。あほか。

 

ショックだけど、俺がどうにかできる話ではないので飲み込むんでとりあえず帰宅した。

 

前のホームゲーセンだったセブンアイランドが潰れた時に、ストリートファイターⅣ勢を迎え入れてくれたのがフリーダム横浜だった。

セブンアイランドから筐台を引き取って三階にストリートファイターコーナーを作って場所を完成させてくれた。

 

それからフリーダム横浜でイベントを運営させてもらって、しばらくしたらアルバイトとして雇ってもらって2.3年働いた。

それから一度アルバイトを辞めて、いろいろあってプロゲーマーになったけど給料をもらっていなかったので生活が厳しかった時に連絡があって『もう一度うちでアルバイトしないか』と誘いが来た。

 

願っても叶ったりだ

しかもプロゲーマー業を優先していいとの条件を設けてくれた。

海外大会に行く期間は長期休みをもらっていたし、海外大会に行く合間や休みの期間にシフトを入れさせてもらえるおかげで友好的に時間を使うことができた。

特に所属していたチームが解散した時はとても助けられた。

 

そしてスト5がゲームセンターで稼働される時が来た。

アルバイトの休憩中やあがった後にスト5がプレイができるとは至れり尽くせりだ。

 

人がいれば大会やフリープレイなどして昔のようにイベントを運営して盛り上げていこうと社員と話していたばかりなのに..閉店が決まってしまった。

 

悲しいし悔しい気持ちでいっぱいだが、もはや遅い。

閉店までの残り8日間を大事にするしかないだろう。

 

他のゲームセンターが閉店を告知すると必ず現れる「あー、悲しい~これならもっと行っておけばよかった~」みたいなコメント

当事者だったら心底ムカついてしまうんだろうなって潰れるゲームセンター店員のリプライ欄を眺めていたけど、いざ当事者になるとそうでもなかった。

 

むしろ大勢の人がフリーダム横浜の閉店を驚いて、嘆いて、悲しんでいた。

それがとても誇らしかった。もちろん悲しい、でも悲しみ以上に誇らしかった。

 

うちの店はこんなに愛されているんだぞ

こんなにもみんなの記憶に残っているんだぞって。

 

うちの店って書き方はおこがましいけれど、今回だけイキらせて欲しい。後生。

あっ、でも全く関係ないのに良い風に利用されるのはきつい。それだけは譲れない。

 

28日の閉店日

俺は27日からアメリカの大会に行かなければいけないので、フリーダム横浜の死に目に会えない。もしかするともう店長や社員、アルバイト仲間とも会えなくなるかもしれない、これ以上悲しいことは起きないで欲しい。

 

ここまでポエムを綴ったのは久しぶり。明日の朝見たら吐くかもしれない。

 

自分の居場所が思い出の場所に変わるのは非常につらい。

最後に。閉店までにこれる人は来て欲しい。来れない人は思い出を語ってくれ。ちなみに署名運動とクラウドファンディングはお断りだ。

 

以上。久保でした。